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気圧外傷

耳鼻咽喉科領域における気圧外傷は外因性、内因性があり、外因性として環境圧の気圧変動時に生じる飛行による航空性中耳症*(中耳炎)、航空性副鼻腔炎、潜水による耳障害が知られている。また車による下山・峠越え、高層ビルの高速エレベーター、高圧酸素療法、耳部の叩打などにより耳症状を生じる。(*備考:Armstrongが航空性中耳炎と命名したが、笹木は航空時による耳症状は炎症によるものでないため航空性中耳症と名称している。)
内因性のものとして、鼻咽腔から耳管を通して中耳・鼓膜・内耳窓膜への加圧による障害・併発症例も多い。擤鼻による耳障害が日常診療においてよくみられ、耳管通気(カテーテル法、ポリツェル法、バルサルバ法)、ネブライザー時、咳嗽、くしゃみなどにより気圧外傷を生じうる。

耳鼻咽喉科領域における気圧外傷 (barotrauma)

外因性

環境圧変動に基づく気圧外傷

  • 飛行による航空性中耳症(中耳炎)、航空性副鼻腔炎
  • 潜水による中耳・内耳障害、気圧性副鼻腔炎
  • 車による峠越え・下山時
  • 高層ビルの高速エレベーター
  • 新幹線のトンネル通過時
  • 高圧酸素療法
  • 爆風
  • 風圧、冷たい風
  • 耳部への叩打(平手打うち、頭部・ひじなど)
  • 音圧:低周波、低音、騒音
内因性

鼻咽腔ー耳管経由の加圧に基づく気圧外傷

  • 擤鼻、咳嗽、くしゃみ
  • ネブライザー使用中
  • 耳管通気による併発
    (カテーテル通気法、ポリツェル法、耳抜き:Valsalva法)

気圧外傷の治療のポイント

気圧外傷を生じる因子として耳管の機能低下が挙げられるが、発症を誘発する上気道感染、アレルギー発作を合併しているか、内耳障害を併発しているかがポイントとなる。
鼓膜所見のみでなく、鼻内・上咽頭・咽頭所見、耳管機能、乳突蜂巣などの状況を推測したうえで治療を行う。

治療は原則として保存的療法である。誘引となる急性上気道感染、アレルギー性炎症の急逝増悪があればその治療を併用して行い遷延化を防ぐ。急性上気道感染:急性鼻咽腔炎に抗菌剤、抗炎症剤、線毛機能促進剤など投与し鼻内の清掃を行う。アレルギー性炎症に対しては抗ヒスタミン剤、症状が強い場合セレスタミン®短期投与、ステロイド薬点鼻薬を投与する。

航空性中耳炎(航空性中耳症)症例に対して

潜水による気圧性中耳炎に対して

気圧性中耳炎に内耳障害(外リンパ瘻)を併発していないか確認する。治療は原則として保存的療法、潜水による中耳炎は気圧外傷であるため、抗菌剤の必要はないという見解がある。通気は外リンパ瘻を誘発することがあり、禁忌であるといわれている。

ドライブによる峠越え・下山時の耳閉塞感・難聴症例

通常鼓膜正常、点状出血の症例が多く、保存的療法で予後良好である。
富士山5合目(標高約2300m、飛行機の水平飛行時の客室内圧0.7~0.8気圧とほぼ同じ)より車で下山、峠の山越えで耳閉塞感・難聴を生じることがよくみられる(図3a,b,c)。
点状・線状出血は自然治癒へ、症状強い場合はその患者の耳管機能低下を惹起させた上気道感染、アレルギー性炎症の治療を行う。

新幹線のトンネル通過時

トンネル通過時の瞬間的な圧変化により耳痛、耳閉塞感、耳鳴を生じることがある。一過性のことが多いが、圧刺激が誘引になり耳閉塞感・耳鳴が持続すれば聴力検査、メチコバール、ATP散などを投与している。

高層ビルの高速エレベーター

耳痛、耳閉塞感を生じ、大部分は鼓膜正常、対応が難しい。高層ビル高位階の従業者で耳痛を常に生じる症例は、途中で乗り換えて上昇・下降するように指導している。

高圧酸素療法

軽度鼓膜所見、聴力正常症例は軽症であり経過観察でよい。治療時に耳痛を訴える症例は要注意である。保存的療法が基本である。初診時鼓膜弛緩部の出血を伴う陥凹があり槌骨柄に沿って皮下出血、中耳腔の貯留液は少量(図4a)であった。数日後血性貯留液が著明に増加した (図4b)。抗菌剤、線毛機能促進剤を投与、経過により鼓膜切開を行う。鼓室・乳突蜂巣炎の治癒への遷延化を防ぎ、早期正常へ戻すことが大切である。

爆風、耳部の叩打

圧による鼓膜、内耳損傷の有無の確認、内耳障害なければ保存的観察。鼓膜裂傷は、保存的治療で予後良好なことが多い。

航空性副鼻腔炎

副鼻腔の自然口が閉鎖し上顎洞、前頭洞内が陰圧となり疼痛・頭痛が生じる。前頭洞鼻前頭管の閉鎖により著明な頭痛、眼痛を生じ、前頭洞下方にニボーを形成する。鼻内処置とともに抗菌剤、鎮痛剤、線毛機能改善薬を投与する。通常は保存的療法である。難治性、反復性の症例は自然口拡大の手術の対象となりうる。

擤鼻(鼻をかむ)による障害

擤鼻により耳管から急激な圧で空気が中耳腔へ流入し耳症状を惹起する。
耳管が緩んでいるタイプは低い鼻咽腔圧でも気圧外傷を生じやすい。
擤鼻と同時に痛み、耳閉塞感、難聴などを訴えるが、痛みは一過性の症例が多く、鼓膜所見正常、鼓膜の血管怒張程度のことが多い。擤鼻と同時に耳がボーッとして難聴を訴える(図5a:鼓膜の出血のみ)。軽度の場合は経過観察自然治癒へ。感音難聴を伴えば感音難聴の程度に準じた投薬を行い2,3日後に再検する。(図5b:擤鼻後耳閉塞感、耳痛、耳鳴・キーン、自声強聴、感音難聴を伴いATP散、メチコバールを投与し改善した。)

上咽頭耳管周囲に貯留液がある場合

擤鼻と同時に中耳腔へ貯留液を流入することになる。花粉症後期に緩い耳管では擤鼻により耳閉塞感、難聴、中耳炎を生じることがある。
アレルギー性鼻炎を伴った症例が目立ち(図5d)、擤鼻と同時に耳閉塞感・難聴を生じた中耳炎症例(図5e)は上咽頭炎を伴い、鼻内処置、抗アレルギー剤、抗菌剤、毛機能促進剤を投与、予後良好で数日で中耳貯留液は消失した。

鼓膜穿孔(図5c鼓膜の部分的に萎縮した部位の穿孔がありも、聴力低下を伴わない。)は殆どが自然閉鎖するため、感染に注意して保存的に観察する。部分的に委縮した鼓膜症例は耳管通気にても同様に穿孔が起こりうる。

ネブラーザー使用時

耳痛、耳閉塞感が生じた場合すぐに中止、鼓膜所見とともに音叉で感音難聴があるか確認、ネブライザー施行時嚥下をするときはノズルを鼻から離すように指導、耳管開放気味の患者さんは慎重に行う。症状が一過性であれば、ネブライザーの適応疾患となった投薬でよい。

 

気圧外傷の治療は、一般的に保存的治療、内耳障害を伴う症例は内耳障害の治療を優先し、耳管換気能の低下へ影響を及ぼすアレルギー性鼻炎、急性上気道感染の治療も併用して行うとよい。

耳鼻咽喉科領域の環境圧変化による気圧外傷は、文明の進化により生じた疾患の一つである。航空機、新幹線の利用者数も増え、考案者にとっては到達点により速く達するものが最高の技量と評価され、人間の体特に耳・耳管のことを考慮せずに実用化されているのが現状である。東京スカイツリーの超高速エレベーター(地上350mまで50秒、最大分速600mで上昇予定)による耳への危害が懸念される。

(山口展正:気圧外傷 治療のポイント ENT臨床フロンティア山中書店2012より引用)

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